性教育基礎セミナー と すがも

マイノリティは、語られるとマジョリティになる。



 朝から、食事中の談義を入れると夜中まで、性=生、いのちについて語り合った。教える側が知りたいこと〜大きなテーマだったように思う。

 会場は埼玉大学。震災の影響で、当初の予定が変更になり、急遽対応してくれたらしい。市民の学びに協力的な大学側の姿勢に共感を持った。敷地内は緑がたくさん!私好みで、喜んでしまった。前日に買ったばかりのカメラで花と樹々を撮り、上機嫌だった。会場のトイレにも美しい花が飾られ、あちこちに気を配っている。「こうゆうところが好きなんだよなあ〜」と、改めて、たゆみない活動の深さに感動してしまった。
           画像が暗くてごめんね。
 席に着くと、男性の参加が、思っていたより多くて、ああ、何かが変わりつつあるのかなと感動していた。講師、参加者は強者ぞろい〜。どこかで見た〜、話を聴いたことがある〜。そんな人たちばっかりで「今日は話さないのですか?」「今日は参加者。聴く側よ。」なんて、会話があちこちであった。

 
 マイノリティは、語られるとマジョリティになると思った。

 渡辺大輔さんがカミングアウトし、存在そのもので語っている。セクシャルマイノリティについて、講演したり、執筆活動したり。学生に講義もしている、新進気鋭の若者で、たくさんのいい本も紹介してくれた。いくつか読み、アップする予定。90分、講演者の中で一番長い時間を語り、全く違和感のない内容、わかりやすく、納得できる話だった。科学的に見ても、男女の身体的区別もあいまいなもので、実際染色体もそうらしいこと、震災でお風呂等男女別(身体の男女別)で苦しんだ人たちに、サポートしに行ったエピソードもあり、迅速な行動力に、あっぱれ、だった。

 この学習会は、毎回肩の力が抜けて、小さな気づきがある。
 バランスのとれた自分、素直な感じ方を取り戻す。

 不自然に身体や性を語れなかったのは、精神的にも圧がかかり、肩も首も凝って原因不明の痛みが数年続いた。ストレスや仕事、いろんな理由はあるんだろうけど、性教育を率直に語る学習会のあとは軽減されてきた。今回も、学習会後に腰痛と頭痛等の幾つか慢性化した痛みが軽減し、楽しい池袋ライフ(池袋東横イン宿泊)をしたのだ。ロクシタンカフェを見つけて、久しぶりに合った友人とおいしいマンゴープリン(期間限定)を食べたのだった。おいしかった〜!

         
 不自然に一部分だけ思考停止されるのは、健全な成長を妨げる。返って偏見や誤解を招いてしまう。目を塞ぎたくなるような情報で、満たされない好奇心を埋めてしまう。この活動はずっと続いてほしい、わたしも参加を続けようと思う。

 帰りの、山手線。すがも駅に停車し、対面している全部の窓が花で埋まった。電車より高い位置までツツジが咲いていて、車両がすっぽり包まれた感じがした。電車内のおしゃべりも一瞬止まり、静かになった。沈黙。みんな花の息吹を感じてたようだった。
 しっとりした東京のよさを見ただけでも来てよかった(・・・と感じられる素直さを、学習会で得られたってことなんだけどね)。この一瞬のために、今回、東京、埼玉まで来たんだと思った。花と沈黙の調べ、わたしは静かな心になった。