アレン・ネルソンのこと

 あくまでも。私的な目線で。狭い空間で接点を持っただけのアレンだから。
 そう?と言われたり、やめてよ、と不快に思われたりするかもしれない。
 小さな関わりのひとつだから。ちょっとだけ、の、想い出なんだ。
 

 アレンは、毎年夏に行われる矢臼別平和盆踊りに合わせて、北海道を訪れることが多かった。数日間、釧路や矢臼別に泊まり、みんなとキャンプする。麦わら帽子をかぶって、あちこちテントをまわり、天ぷら、ビール、焼き肉、刺身・・・おいしく食べて、ワイワイと過ごす。「あ、アレ〜ン!」と声をかけたら、おどけて「あんだだ〜れ?」・・・志村けん??ハグの挨拶。
 アレンのベトナム戦争経験が漫画や本で広まり、各地で講演会。いつも話してたのに、知らないことだらけだった。動揺しちゃいけないと思うほど、心は騒ぐ。川瀬さんに尋ねた。
 「今度、アレンに逢ったら、なんて言えばいいの。」
 「よく話してくれたね、って言えばいいんでねえか。」

 そうか。そうだよね。よく、話してくれたよね。それ以上何が言えるんだろう。
 今もベトナム帰還兵の人たちが精神的な病や白血病で苦しむ。アレンもそのひとり、白血病だった。妹夫妻が矢臼別を見に来て、アレンがたくさん歌ったステージで挨拶をしてくれた。アレンは金沢のお寺に納骨された。


 ”ONE SHOT ONE KILL”を上映しながら、製作のひとり、影山あさ子は言う。
「アレンは、憲法9条をもつ日本人になりたかったんじゃないか」。黒人を差別し、戦争を繰り返す自国に辟易し、たとえ不十分だとしても、この平和憲法を持つ日本に、あこがれていたんじゃないのか、と。
(森の映画社ブログhttp://america-banzai.blogspot.com/

日本の美しさに心をよせたアレン。子どもたちに真実を伝えなくては、と語り歩いた。

 真実を知らないと、正しい選択はできない。子どもたちは、自分の都合ではなく、たとえ不利な事実でも、本当のことを知りたいんだ。そこからじゃないと、スタートは切れない。私たち大人だって同じだ。


 真夏の麦わら帽子姿を想い出す。
 アレン、おどけてみせた笑顔が浮かぶ。
 あなたの慈愛に満ちた優しさが沁みてくるよ。
 ずっと涙が止まらなかった。