リパッティ。マリアカラス。などなど。モノラルの美しさ。

いしいしんじ、の連載エッセイで「音のエジソン」製作、レコード針の話があった。
リパッティやマリアカラスを聴いて楽しんでいたり、家族で一緒に聴くようになったこと等、
興味深い内容だった。

’音は右と左に別れて聞こえてくるものだったろうか?’

・・・というような書き出し。
短いエッセイに「その通り!」と頷き、入り込んで読んでしまった。

リパッティは若くして他界し、才能をとても惜しまれたショパンの名手であったこと。
マリアカラスは、すでに言い尽くされているので、恥ずかしくてコメントできないけど、
カナリアを連れ歩いたのが、彼女の人生を語っているようで切ないし、素敵だと思っていた。
彼女の後は、アグネスバルツアのカルメンが格別に良かったけれど、それ以外の歌手に
未だに惹かれない。(アグネスも私にはすごい存在だ。)



どれも、音楽が好きでクラシックが好きで、という音楽教師に聴かせてもらい、
しかも、復刻版レコードでおもしろく説明を受けたのが、わたしに響いていた。
20年近く前の、CDがすごく走り始めた時期。揺さぶられた想い出は、簡単に
断捨離してはいけないのだ。本だって。数年前のを引っ張りだして読めるのだ。


いしいしんじのエッセイは、なんかなじめなかったのだけど、今回は、すごくすごく、
ぴったりときて、「音のエジソン」からプレーヤーを購入しようかと思案する。




最近読み始めた。そう言えば。田中慎弥の「共喰い」は一応買った。

この世は二人組ではできあがらない

この世は二人組ではできあがらない